街全体が世界遺産に登録されているオーストリアの古都、グラーツ。壮麗な王宮へと続く石畳の旧市街でひときわ威厳を放っているのが、グラーツ最古のベーカリー Hofbäckerei Edegger-Tax(ホーフベッカライ エーデッガー・タックス) です。
公式な文献には1569年創業との記述がありますが、14世紀にはすでにベーカリーとして営業していたとも伝えられています。
1883年、ハプスブルク帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世のグラーツ滞在に際してパンを献上したのをきっかけに、1888年5月「オーストリア-ハンガリー帝国王家御用達」の称号を授かります。以来、王の(hof) ベーカリー(bäckerei) =「ホーフベッカライ」の名のごとく、宮廷にパンを献上し続けました。ハプスブルク家の象徴である“双頭の鷲”をトレードマークに使用できるのは御用達店だけに与えられた特権。グラーツ本店のファサードには見事な樫の木のレリーフとともに、黄金の鷲が訪問客を迎えています。
ひとつひとつ職人の手で成形する「ハンドカイザー」や、かぼちゃの種を練りこんだ「キュルビスブロート」など、レシピの大半は王家御用達の称号を授かった当時のまま。伝統的なパン以外に焼き菓子の名店としても知られ、フランツ・ヨーゼフ1世の妻・エリザベート王妃に捧げた一口菓子「シシーブッセル」はグラーツ銘菓に数えられるほど。
第2次世界大戦の混乱のさなかにあっても営業を続けるなど、いかなるときも伝統を守り続けた老舗。先代の店主エリック・エーデッガー氏はグラーツ市の副市長もつとめ、歴史ある旧市街の保全にも貢献しました。1992年からは息子のロベルト・エーデッガー氏が跡を継ぎ、8代目として王家御用達の品格をいまに伝えています。
ホーフベッカライの伝統を日本へ。そんな大役を任されたのは、ウィーン伝統菓子を専門とする菓子職人、野澤孝彦シェフ。ロベルト・エーデッガー氏から直々に、秘伝の技とレシピを伝授された数少ない日本人です。
2人が出会ったのは2012年。オーストリア食文化への情熱と、伝統を絶やしてはならないという使命感が2人の職人を結びつけました。
受け継がれてきた歴史に敬意を払いつつ、菓子職人として培ったしなやかな感性と研ぎ澄まされた技術をもって、昔ながらの繰り返しに終わらない「いまを生きる伝統」の創造に挑戦します。